広背筋に問題が生じると、からだにどんな不具合が起きる?~背中の大きな羽「広背筋」と肩・首・腰の不調の関係~
背中の下の方がじわーっと張る。
腕を前に伸ばして荷物を持ち上げると、肩ではなく「わき腹〜背中」がつりそうになる。
長時間スマホやパソコンを触ったあと、気づいたら背中が丸く固まっている——。
こんなとき、多くの方は「姿勢が悪いせいかな」「肩こりかな」とざっくり考えますが、
その裏側では「広背筋(こうはいきん)」という大きな筋肉が、静かに悲鳴を上げていることがあります。
広背筋は、背中の下半分を大きく覆う“背中の羽”のような筋肉です。
腕を後ろに引く・体に引き寄せる動きだけでなく、体幹を安定させたり、呼吸をサポートしたりと、実は“縁の下の力持ち”のような存在。
今回の記事では、
- 広背筋がどこにあって
- どんな役割をしていて
- 乱れるとどんな不調が出やすくて
- 日常ではどう付き合っていけばいいのか
を、「構造 × 神経 × 感覚」の視点を交えながら、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
1.広背筋って?
まずはざっくりイメージから。
広背筋は、
- 背骨の下の方(胸椎の下部〜腰椎)
- 骨盤の後ろ側(腸骨稜)
- 肋骨の一部
からスタートして、
脇の下を通って、上腕骨(腕の骨)の前側の内側にくっつく、大きな三角形の筋肉です。Physiopedia
主な役割は、腕を「後ろ&下&内側」に引くこと。
日常でいうと、こんな場面でよく働きます。
- 洗濯物を高さのある物干し竿から「引き寄せる」
- ドアノブや引き戸を「ぐっと引く」
- 高い所の棚から荷物を「引き下ろす」
- 歩くときに、腕を後ろに振る
- つり革につかまったまま、体を少し持ち上げる
また、広背筋は「肩の動き」だけでなく、背中〜骨盤の広い範囲につながっているため、
- 上半身が前に倒れすぎないように支える
- 体をねじる動き(振り向く・投げる・スイングする)をサポートする
といった、“姿勢の土台づくり”にも関わっています。
背中の片側に大きく広がるため、右の広背筋と左の広背筋のバランスが崩れると、
- 肩の高さが左右で違う
- 片側の腰だけが張りやすい
- 捻る動きが左右でやりにくさが違う
といった「なんとなくの左右差」として現れやすい筋肉でもあります。
2.少し詳しく広背筋について解説
ここからは、少しだけマニアックなお話です。
広背筋の「構造」のポイント
広背筋は、
- 背骨(胸椎・腰椎)
- 骨盤(腸骨)
- 肋骨
- 上腕骨
を“ひとつのライン”としてつないでいる筋肉です。
後ろ姿で見ると「骨盤〜背中〜腕」を一本のベルトで結んでいるようなイメージ。
そのため、広背筋は、
- 肩関節の 伸展(腕を後ろに引く)
- 内転(腕を体側に引き寄せる)
- 内旋(腕を内側にひねる)
に強く関わります。サイエンスダイレクト
特に、懸垂やラットプルダウンといった「引くトレーニング」では、広背筋が“主役級”で働くことが、筋電図(EMG)を使った研究でも示されています。MDPI+1
背中〜骨盤〜腕をつなぐ「力の通り道」
広背筋は、筋膜(きんまく:筋肉を包む薄い膜)を通じて、
- 反対側の大殿筋(お尻の筋肉)
- 脊柱起立筋群(背骨沿いの筋肉)
ともつながっていると考えられています。
いわゆる「体の斜めのライン」の一部です。
このラインのおかげで、
- 歩くとき:右脚を前に出すときに、左の広背筋が体幹を安定させつつ腕振りをサポート
- 投球・スイング:下半身で生み出した力を、背中・腕へと“受け渡す”
といった「全身を使った動き」がスムーズになります。
2024年に発表された研究でも、広背筋は肩だけでなく、体幹の動きとコントロールにも貢献している可能性があると報告されています。Taylor & Francis Online
つまり、「腕の筋肉」というより「腕と体幹を橋渡しする筋肉」と捉えるとイメージしやすいかもしれません。
肩甲骨との関係
広背筋は直接肩甲骨に付いているわけではありませんが、肩甲骨の動きと密接に関係します。
- 肩甲骨が前に倒れ、外に広がりすぎる
- 肩が前に巻き込み、胸がつぶれた姿勢になる
このような姿勢が続くと、
- 広背筋が常に“伸ばされっぱなし&ねじれっぱなし”
- 一部は過緊張、一部はうまく働けない状態
になりやすく、**肩甲骨の動きの悪さ(肩甲骨の「異常な動き」=スキャプラ・ディスキネシス)**にもつながります。
スキャプラ・ディスキネシスと肩の痛みの関連については、
2018年のシステマティックレビューで「肩の痛みのリスクが約1.4倍になる」と報告されており、肩甲骨まわりの筋バランスの重要性が強調されています。British Journal of Sports Medicine
「広背筋だけ」の問題ではありませんが、
広背筋を含めた背中の筋群のコンディションが、肩の快適さに影響しやすいということですね。
3.広背筋が乱れると出やすい不調
ここからは、広背筋のコンディションが乱れたときに起こりやすい“不具合”を、少し具体的に見ていきます。
よくある不調
- 肩の後ろ〜わき腹にかけての張り・重だるさ
- 「肩甲骨の下あたり」が常にこっている感じ
- 洗濯物を干す・取り込む動作で肩や背中がつらい
- 腕を上げると、肩の前側が詰まる・痛い
- 片側の腰だけ張りやすい
- 寝返りのたびに背中〜腰が気になる
- 息を吸い込みにくく、呼吸が浅くなりがち
「硬すぎる広背筋」パターン
デスクワークやスマホ時間が長く、
- 肩が前に入り
- 背中が丸まり
- 腕が体の前にぶら下がる姿勢
が続くと、広背筋は「伸ばされながら固まる」状態になりやすいです。
構造の視点
- 背中〜わきの下の筋肉が、常に引っ張られている
- 肩甲骨が外に広がり、下がりすぎる
神経の視点
- 同じ姿勢を続けることで、筋肉や筋膜からの「退屈な刺激」が脳に入り続け、
脳は「ここはもう固めておいた方が楽」と判断しやすくなる
感覚の視点
- 本人は「楽な姿勢」と感じていても、
実際には広背筋がずっと緊張させられている状態 - その結果、「こっている」「重だるい」といった感覚として表面化する
「うまく働けない広背筋」パターン
筋トレで広背筋を鍛えている方でも、
フォームや体幹の安定性によっては「狙ったように働いていない」ことがあります。
- 肘を曲げる筋肉(上腕二頭筋)ばかり疲れる
- 首や肩(僧帽筋上部)ばかりパンパンになる
- 背中の下の方は、あまり“使った感”がない
こうした場合、
- 広背筋の一部がうまくオンになっていない
- 体幹のコントロールが弱く、力が逃げている
など、タイミングや協調性の問題(神経のパターン)が乱れているケースも多いです。
肩・首の痛みとの関係
スキャプラ・ディスキネシスと慢性的な首の痛みの関連を調べた2025年のレビューでは、
首の痛みがある人ほど、肩甲骨の動きに異常がみられる割合が高いとまとめられています。PMC
ここには、広背筋だけでなく、
- 前鋸筋
- 菱形筋
- 僧帽筋(特に中・下部)
といった肩甲骨周囲の筋肉との“チームワーク不良”が関わりますが、
広背筋の過緊張や働きにくさも、その一部として首や肩の不調に間接的に関与していることが多いです。
4.自分でできる“ちょいケア”と、プロに任せるライン
ここからは、日常でできる簡単なセルフチェックと、広背筋ケアをいくつかご紹介します。
※痛みが強い方・持病のある方は、無理のない範囲で行ってください。
セルフチェック①:壁腕上げテスト
- 壁に背中をつけて立つ
- かかと・お尻・背中を壁に軽くつける(腰の隙間は少しあってOK)
- 手の甲を前に向けたまま、腕をゆっくり頭の上に上げていく
このとき、
- 腰が反りすぎてしまう
- 肩がすくむ
- 肩の前や背中の下が詰まる・痛い
といった感覚が強い場合、
広背筋を含めた「背中〜肩甲骨まわり」の動きに、何かしらの制限がある可能性があります。
セルフチェック②:座位の“引き寄せ”感覚
- 椅子に浅く腰かける
- 両腕を前に伸ばし、軽いタオルやクッションを持つ
- 息を吐きながら、肘を後ろに引いていく(ローイングのような動き)
このとき、
- 首の付け根ばかり疲れる
- 肩が耳に近づく
- 背中の下〜わき腹あたりに「使っている感じ」が出ない
場合は、広背筋よりも、首や肩の表面の筋肉に頼りがちかもしれません。
ちょいケア①:やさしい広背筋ストレッチ(四つ這い〜横伸ばし)
- 四つ這いになり、手は肩より少し前に置く
- そこからお尻を後ろに引いていき、背中を伸ばす
- 右の広背筋を伸ばしたいときは、両手を少し左に歩かせる
- 左わき〜背中の下のあたりが、心地よく伸びるところで、呼吸をゆっくり
- 目安:20〜30秒を2〜3回
- 痛みではなく「じわ〜っと伸びる」感覚を大事にする
- 肩に鋭い痛みが出る場合は中止
ちょいケア②:壁を使った“背中の羽ほぐし”
- 壁に向かって立ち、両手を肩より少し高い位置につく
- 一歩後ろに下がり、膝を軽く曲げる
- お尻を後ろに引きながら、胸を床の方へ近づけるようにして、背中を伸ばす
- この状態で、鼻から息を吸い、口から長く吐く
- 息を吐くたびに、肩甲骨が少し下がり、広背筋が“ゆるむ”イメージで
- 腰に痛みが出る場合は、膝を少し多めに曲げて負担を軽くする
ちょいケア③:軽い“引き寄せ”エクササイズ
- 椅子に座り、背筋を軽く伸ばす
- 両手でタオルの端を持ち、前に伸ばす
- 息を吐きながら、肘を後ろに引く
(肩ではなく「わきの下〜背中の下の方」で引くイメージ) - 引ききったところで2〜3秒キープし、ゆっくり戻す
- 10回前後を目安に、痛みのない範囲で
- 肩がすくまないように注意し、「肩甲骨をポケットに滑り込ませる」感覚で
ちょっとエビデンス豆知識
肩甲骨の動きと肩の痛みを対象とした2025年のシステマティックレビューでは、
肩甲骨の動きを整えるエクササイズが、肩の痛みや機能の改善に有効であると報告されています。ResearchGate
ここで行っているような“引き寄せ”エクササイズも、
広背筋だけでなく、肩甲骨まわりの筋肉の協調性を高める一助になります。
よくある質問(FAQ)
Q.広背筋を鍛えると、逆に肩がこりませんか?
A.フォーム次第です。首や肩をすくめて行うと、僧帽筋ばかりが頑張ってしまい、肩こりが悪化しやすくなります。
一方で、呼吸を意識しながら、背中の下部〜わきの下で“引き寄せる”感覚がつかめてくると、肩甲骨の安定性が増し、肩こりが軽くなるケースも多いです。
Q.ストレッチだけで姿勢は良くなりますか?
A.ストレッチは「動き出すための準備」としてとても有効ですが、それだけで劇的に姿勢が変わるわけではありません。
伸ばしたあとに、軽いエクササイズで「どう使うか」を体に覚えさせてあげると、変化が定着しやすくなります。
こんなときはプロに相談を
- 肩や腕にしびれがある
- 夜間痛(寝ているときの痛み)が強い
- 腫れや熱感、赤みを伴う
- 転倒やケガのあとから肩や背中の痛みが続いている
- 糖尿病・骨粗しょう症などの持病があり、不安がある
こういった場合は、自己判断でストレッチやトレーニングを続けるより、
一度、医療機関や専門家に相談していただくことをおすすめします。
5.まとめ
最後に、広背筋についてのポイントを整理します。
- 広背筋は、背骨・骨盤・肋骨から腕につながる「背中の大きな羽」のような筋肉
- 腕を引く・体に引き寄せるだけでなく、体幹の安定や全身の力の伝達にも関わる
- 猫背・巻き肩・長時間の座り姿勢などで、「伸ばされながら固まる」+「うまく働けない」状態になりやすい
- 広背筋を含めた背中〜肩甲骨まわりの乱れは、肩こり・首こり・腰の張り・呼吸の浅さなどと関係しやすい
- 日常でできるのは、
- 壁や四つ這いを使ったやさしいストレッチ
- “わきの下〜背中の下”を意識した軽い引き寄せエクササイズ
- 長時間同じ姿勢を続けない工夫
- しびれ・夜間痛・腫れなど、気になるサインがあるときは、早めに専門家へ相談を
広背筋は、「肩の筋肉」というより、からだ全体をつなぐ“裏方”のような存在です。
この筋肉の状態を見直してあげることで、肩・首・腰といった、あちこちの不調が少しずつほぐれてくることも多いです。
6.おわりに
40〜70代の方とお話をしていると、
「もう歳だから、背中が張るのは仕方ないですよね」
と少しあきらめ気味におっしゃる方が少なくありません。
もちろん、年齢による変化はゼロにはできません。
それでも、広背筋のような“つなぎ役”の筋肉を丁寧に扱ってあげることで、からだの動きは思っている以上に変わります。
- 少しだけ姿勢を意識してみる
- 1日1〜2分でも、背中をふっと伸ばす時間をつくる
- 「どこが張っているかな」と、からだの声に耳を傾けてみる
そんな小さな積み重ねが、
将来の「動きやすいからだ」「疲れにくいからだ」への投資になっていきます。
もし、「自分ではなかなか変化が出ないな」「どこから整えたらいいのか分からないな」と感じたときは、
一人で抱え込まず、整体りびるどのような専門家を頼っていただいて大丈夫です。
からだは、一度固まってしまっても、
何度でも“戻り直す”力を持っている構造をしています。
広背筋という背中の大きな羽を、もう一度しなやかに広げていけるように。
そのお手伝いができたら嬉しく思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。


