【Q】冬になると眠りが浅くなるのはなぜ?【深堀りQ&A】
目次
1. はじめに──寒い夜に「眠れない」理由を探して
「布団に入ってもなかなか眠れない」「夜中に何度も目が覚めてしまう」
冬になると、そんな声をよく聞きます。夏の寝苦しさとは違い、身体は冷えているのに頭は冴えている。そんな奇妙な感覚を経験した人も多いのではないでしょうか。
実はこの“冬の眠りにくさ”には、明確な生理的メカニズムがあります。
そしてその原因は「寒さそのもの」よりも、“体温調整”と“神経の働き”にあります。
人の身体は、眠りにつく少し前に深部体温(体の内部温度)を下げることで「そろそろ休もう」という信号を出します。ところが冬は外気が冷たく、体表温が下がりすぎるため、身体は「これ以上冷えると危険」と判断し、交感神経(活動の神経)を働かせてしまうのです。
つまり“休みたい”身体と、“守りたい”身体がせめぎ合っている状態。これが冬の浅い眠りの根底にあります。
眠りが浅いとき、肩や首がこわばり、夢を多く見たり、朝のだるさが残ったりします。これは「自律神経がまだ休む側に切り替わっていない」サイン。
その切り替えを妨げているのが、“温度の感じ方”や“呼吸の浅さ”など、私たちが普段あまり意識していない「感覚の領域」なのです。
2. “眠り”と体温調節の関係──眠るために身体がしていること
眠りとは、深部体温をゆるやかに下げていくプロセス。
夜になると副交感神経が優位になり、手足の血管が広がって放熱を始めます。体の中心部の温度が下がることで「もう休んでいい」というサインが脳に届きます。
つまり、“眠る”とは身体が熱を逃がすことでもあるのです。
ところが、冬は外気温が低いため、身体は放熱を嫌がります。
「これ以上熱を手放すと危ない」と感じて交感神経が働き続け、血管が収縮。
結果、深部体温の下降が起きず、眠るスイッチが押されない。
このとき、皮膚の温度センサー(温点・冷点)は寒さを“危険”として脳に伝えます。
本来の眠りのプロセスである「体温の下降」と、「冷えを避ける防御反応」が同時に起きる――これが冬の眠りを浅くする二重構造なのです。
眠る前に手足を温めると寝つきが良くなるのは、実はこの体温調節の仕組みと一致しています。
“温めて放熱させる”ことで、深部体温が下がりやすくなり、自然な眠りの準備が整う。
つまり「温めてから冷ます」ことが、眠りのための自然な順序なのです。
3. “寒さ”が神経を緊張させる──眠れない夜のもう一つの原因
「寒くて寝つけない夜」は、身体よりも先に“脳”が起きています。
寒さは神経にとって「守るべき刺激」。皮膚の温度センサーが冷たさを感知すると、脳は「体温を守れ」と命令を出し、交感神経を活性化します。
肩や首がこる、呼吸が浅くなる――これらは“防御反応”の現れです。
この状態が夜まで続くと、副交感神経(リラックスの神経)が働けず、脳が「まだ活動中」と誤解したまま。結果、眠りが浅くなったり、夢を頻繁に見たりします。
つまり、“眠れない”というより、“眠ることを許せない身体”になっているのです。
また、寒さによる緊張は呼吸を制限します。
首や胸郭まわりの筋肉が硬くなると呼吸が浅くなり、脳への酸素供給が減少。
自律神経のリズムが乱れ、眠りのリズムも乱れていきます。
呼吸が浅いと神経は警戒を続け、結果として「寝ても休まらない」状態に。
対策の第一歩は、“安心の再入力”。
呼吸を深め、手足を摩り、身体に「ここは安全だ」と伝えることです。
温めることよりも、“安心を感じる刺激”を与えるほうが神経には効果的。
暖房の温度よりも、呼吸の深さこそが眠りを変える鍵なのです。
4. 生活リズムと環境──“冬の身体時計”が乱れる理由
冬は日照時間が短く、朝の光が弱くなります。
この変化が体内時計(サーカディアンリズム)を乱し、「夜眠れない・朝起きられない」リズムのズレを引き起こします。
脳は光を通して“昼と夜”を認識しているため、光が足りないと「朝だ」と判断できず、睡眠ホルモン・メラトニンの分泌リズムもずれてしまうのです。
さらに、寒さで外出や運動量が減ることも問題です。
日中の活動が少ないと、体温変化の幅が小さくなり、夜に必要な「深部体温の下降」が起こりにくくなる。
結果、身体は「まだ昼」と勘違いし、眠りが浅くなる傾向にあります。
もう一つの要因は姿勢。
暖房の効いた室内で長時間座っていると、背骨や骨盤が硬くなり、呼吸が浅くなる。
この“身体の小さな停止”が、自律神経の切り替えを鈍らせていくのです。
対策はシンプルです。
朝はカーテンを開けて光を浴びる、昼に少しでも動く、夜は照明を落とす。
それだけで、脳の時間感覚は整い始めます。
冬の眠りを深くする第一歩は、「身体を温めること」ではなく、「身体に朝を教えること」なのです。
5. 理学療法士の臨床から見える、“眠れない冬”の身体の共通点
臨床で冬の不眠を訴える人の身体を観察すると、共通点が見えてきます。
それは、身体が縮こまり、呼吸が浅くなっていること。
肩はすくみ、胸は閉じ、背中は丸まっている。いわば“守る姿勢”のまま生活している状態です。
この姿勢では、横隔膜が十分に動かず、呼吸による自律神経のリズムが乱れます。
また、重心が後方(踵寄り)に偏り、足裏の接地感が弱くなることで、
身体は「支えを失った」ような不安定さを感じます。
この“不安定な感覚”こそ、脳が安心できずに眠れない根本原因なのです。
つまり、眠りを深めるには「筋肉を緩める」ことよりも「感覚を取り戻す」こと。
足裏の接地、背中に呼吸が通る感覚、肩が自然に落ちる姿勢。
それらを一つひとつ思い出していくことで、身体は“守る”から“委ねる”へと切り替わっていきます。
眠りとは、身体が「もう大丈夫」と思えるかどうかの結果。
安心を取り戻すことが、最大の睡眠療法なのです。
6. 今日からできる、“眠れる身体”を取り戻すヒント
冬の夜に試してほしいのが、“接地呼吸”という小さな習慣。
- 仰向けになり、足裏(かかと・小趾球・母趾球)を感じる
- 手をみぞおちに当て、呼吸が届く範囲を意識
- 吸う息で背中を沈め、吐く息で肩をゆるめる
たった2分で横隔膜が動き始め、副交感神経が働き、
身体が「守らなくていい」と感じ始めます。
また、入浴後すぐに布団へ入らず、10分ほど常温で過ごすのもおすすめ。
“温めて冷ます”ことで深部体温が下がりやすくなり、自然に眠気が訪れます。
そして、眠る前の“情報の断捨離”も重要です。
スマホや照明の強い光は、脳を昼と誤認させます。
部屋を少し暗くし、静けさに身を預ける時間をつくる。
これが、神経にとって最も優しい「眠りの準備」です。
7. まとめ──眠りとは、“安全を取り戻す時間”
眠りとは、心と身体が「安全だ」と感じることの延長線上にあります。
冬の浅い眠りは、冷えやストレスによって神経が「守り続けている」状態。
つまり、眠れないのではなく、“安心できていない”だけなのです。
だからこそ、焦らず、身体に安心を思い出させてあげましょう。
呼吸の深さ、足裏の温かさ、布団に沈む重み――
それらを感じ直すことが、“戻る力”を呼び覚ます一番の方法です。
眠りとは、身体と心が一度世界から離れ、もう一度自分に戻る時間。
冬の静けさの中で、その感覚を少しずつ取り戻していけたら。
あなたの身体は、きっとまた“眠る力”を思い出します。







